ちょっとお遊び 八軒家かいわい検定

八軒家かいわい検定・第2回(平成23年版)中級編
かいわいの歴史を中心に出題しています。
8問以上正解の方には「八軒家中級博士」を名乗っていただきます。
第一問
大阪中之島には現在24(天神橋、難波橋はそれぞれ南北2本と勘定)の橋が架かっています。八軒家浜を徒歩で出発して、 同じ橋を二度通らずすべての橋を渡って、また戻ってくることはできるでしょうか?
注:対象となる橋に、中之島内にある「バラゾノ橋」は含みません。通路扱いとします。なお、橋以外の通路(道路、歩道)は何度通ってもかまわないものとします。

    

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次の図を、ある規則に従ってグラフ化することで、一筆書き問題に置き換えて考えることができます。

「中之島公園」(ウィキペディア)より
第二問
2009年、八軒家からほど近い瓦町で発掘された八世紀の建物跡から、火舎(かしゃ)と呼ばれる緑釉陶器片が出土しました。さて、この火舎はいったいどんな用途に使われたものでしょう?

              

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この風習は、臨済宗の祖・栄西(一一四一~一二一五)が宋から伝えたものと信じられていました。写真は出土した緑釉火舎の破片。

第三問
明治初年の八軒家船着場を写した貴重な写真(下)には二基の常夜灯が写っています。

この常夜灯は、明治十九年(1886)にある神社に移設されました。さて、その神社とは?

              

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八軒家かいわいはこの神社の氏地です。夏祭り(7月11日12日)は大阪三大夏祭のひとつとして知られており、かいわいは今でも神輿の巡行経路にあたっています。
第四問
土佐堀通りの熊野街道の碑のある南北の筋を「お祓い筋」といいます。当会のオフィスもこの筋沿いにあります。さて、「お祓い筋」の命名に最も関係の深い人物は、誰でしょう?

              

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往時、生国魂神社の夏祭を「お祓い」と呼び、神輿の渡御が行われていました。その道筋が「お祓い筋」です。 写真は、『文久三年 萬寿大阪細見図』(一八六三)より「ヲハライスジ」。

第五問
源氏物語・須磨の帖には、光源氏が須磨に下る際に「かいわい」を通過する描写があります。さて、そこに登場する歴史上の「かいわいランドマーク(陸標)」とは?

              

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該当箇所を現代語訳すると「ほんのちょっとのお出ましであっても、こうした旅路をご経験のない気持ちで、心細さも物珍しさも並大抵ではない。 〈問題の建造物〉は、ひどく荒れて、松の木だけが形跡をとどめているだけである」(渋谷栄一訳)となります。〈 〉内に正解があります。 写真は須磨に下る源氏一行。

第六問
土佐堀通りから南へ三つめの通り「釣鐘町」は、大阪を代表するある企業の創業者が生まれた町です。さて、その企業とは?

              

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この企業は創業当時から宣伝上手で知られています。写真は大ヒットした商品のポスター。

第七問
大江橋、淀屋橋、難波橋など現在の大阪八百八橋を代表する橋の架橋費用は、ほとんどが大阪市が興したある事業の収益によって賄われました。さて、その事業とは?

              

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明治三十六年(1903)当時の鶴原市長が、市会に置いて「○○○○市営主義」を宣言。事業を大阪市が独占することで、 大阪市の公共設備投資の財源が確保されることとなります。この橋(写真)もそのおかげで、、、

第八問
現在の大阪城は、豊臣期の天守の忠実な復元を目指し、昭和六年(1931)に建てられた鉄骨鉄筋コンクリート造の永久建築で、 今年復興80周年を迎えます。内部の階層も豊臣期に倣ったものですが、さて、内部は何層になっているのでしょう?

              

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屋根(重)と階(層)は必ずしも一致しないようです。写真は、復元考証の中心人物であった大阪市建築課の古川重春による自筆図面(大阪城天守閣より)。

第九問
かつて京街道の起点として賑わった京橋。今は見る影もありませんがこの京橋に寄り添って、大きな歩道橋が架けられています。 この橋には、天正拾三年(1585)に架けられたとされる幻の橋の名前が冠されていますが、さて、その名とは?

              

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この橋の存在がわかったのは、大正十四年(1925)に銘のある擬宝珠(写真)が発見されたからです。 この擬宝珠は、昭和六年(1931)に再建された大阪城天守閣に保存され、市民に公開されていましたが、 終戦の混乱時に行方不明になり、橋の所在と同様に幻の擬宝珠となってしまいました。

第十問
江戸時代を通じて、八軒家は船着場として名を馳せた場所ですが、それ以外にもある事で有名になった場所でもあります。 さて、その「ある事」とは?

              

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答はこの絵の中に、、、

↑澱川両岸勝景図会「八軒家の舟着 市之側の青物」(暁鐘成 画・文)

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※全問ご解答の上、おすすみください。